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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)6896号 判決

主文

一  被告は原告らに対し、別紙認容金額一覧表記載の各金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告の負担、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、別紙請求金額一覧表記載の各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告らは、生コンクリート(以下「生コン」ともいう)の製造販売等を業とするB株式会社(以下「B社」という)に雇用され、生コンミキサー車の運転に従事してきた。

(二)  原告らは昭和五七年三月から五月にかけて、D労働組合G地区生コン支部(以下生コン支部という)に加盟し、現在同労働組合の組合員である。生コン支部は同五九年三月五日G地区生コン支部労働組合と名称を変更した。

(三)  被告は、同五二年三月三日中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合で、大阪市内の生コン製造業者で構成され、生コンクリートの共同販売を主たる目的としている。B社は被告の員外利用者(準会員)である。

2  B社は、昭和五七年一〇月二八日工場を閉鎖して事業を廃止し、従業員全員を解雇した。B社から、原告鈴木六郎は同月三〇日以降就労を拒否されて実質上解雇され、その余の原告らは同年一一月一〇日解雇された。

3  生コン支部は昭和五七年一二月一三日、被告との間において、次の内容の確認書を取り交わした(以下「第一次確認書」という)。

(一) 被告は原告らの雇用保障を行う。

(二) 被告は原告らに対し、被告の斡旋により同人らが再就職するまでの間、B社の最低保障額三〇万円に各人の交通費、労働者負担分の社会保険料等を加えた賃金相当額を毎月二八日限り支払い、かつ、夏季及び冬季一時金相当額を支払う。

4  原告らの右賃金相当額、並びに労使協定によって定められた一時金相当額及びその支払日は各別紙請求内訳一覧のとおりである。

5  被告は使用者の団体であり、第一次確認書は労働協約であって、その効力は生コン支部の組合員である原告らに及ぶ。そうでないにしても、生コン支部は原告らの代理人として第一次確認書を取り交わし、原告らは生コン支部に対し、それに先立ってその代理権を授与した。

6  第一次確認書取り交わしに至る経緯は次のとおりである。

(一) 被告は、構成員の生コン業者の共存共栄を図るため、被告の販売区域である大阪市内の生コン需要はすべて被告が注文を受け、それを予め決められた割合(以下「シェア」という)に従い、正会員各社及び員外利用者(以下併せて「加盟各社」という)に割り当て、加盟各社は右シェアの範囲内でのみ生コンを販売することができ、その代金は被告が集金して加盟各社に分配するという、共同受注、共同販売、共同集金の完全共販体制をとっている。生コン製造能力も右シェアに応じて制限され、被告の同意なくして拡大することはできない。

(二) 加盟各社が廃業するときは、シェアを被告に返上し、被告がそれを他に割り当てるのであり、被告を除外して、加盟各社間の直接取引によりシェアを変更することはできず、生産設備、労働者、債権等を含む有機的組織体としての営業も原則として自由に譲渡できない。そのため加盟各社が廃業する場合には、被告が労働者を含めた右有機的組織体としての営業の損失を保障することになっている。労働者を含めるのは、企業設備は労働者が存在することにより価値が生ずるものであり、また、円滑に廃業手続を進めるためには廃業により失業する労働者の雇用先を確保することが必要だからである。

(三) 被告は、C産業有限会社(以下「C産業」という)から加盟申込を受け、それを認めるためには、同社にシェアを割り当てる必要があったため、シェア調整の方法として加盟各社からプラント廃業希望者を募った。B社はこれに応募し、前記のとおり工場を閉鎖して廃業し、従業員全員を解雇した。したがって、原告らはいわば被告の犠牲となって失業したものであり、被告は前記趣旨により、原告らの就職先を確保する義務がある。

(四) 原告らは、大阪地方裁判所にB社を相手方とし解雇無効を理由として、従業員たる地位確認の仮処分申請を行い、他方生コン支部は、B社及び被告に対し、企業閉鎖及び従業員の解雇を撤回するよう要求し、それぞれ数回の団体交渉を行った結果、第一次確認書が取り交わされたものである。なお、原告らはその後、右仮処分申請を取り下げた。

7  よって、原告らは被告に対し、第一次確認書に基づき、各別紙請求内訳一覧記載のとおり、昭和五八年六月から同五九年三月までの賃金相当額、同五八年の夏季と冬季、同五九年の夏季の各一時金、右各金員に対する弁済期の翌日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、並びに同五九年四月以降被告の斡旋により就職するまで、毎月二八日限り賃金相当額の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)、(三)の事実は認める。

(二)  同1(二)の事実のうち、原告らが現在生コン支部の組合員であること、生コン支部がG地区生コン支部労働組合と名称を変更したことは否認し、その余は認める。生コン支部が分裂して右労働組合が結成されたものである。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、生コン支部と被告間において昭和五七年一二月一三日、被告が原告らの雇用保障を行うこと、被告が原告らに一定の金銭を贈与する旨の確認書が取り交わされたことは認めるが、その余は否認する。右確認書は、被告が原告らの就職を斡旋をするまで金銭を贈与するとの内容であった。

4  同4は否認する。

5  同5は否認する。第一次確認書は、生コン支部を要約者、被告を諾約者、原告らを受益者とする第三者のためにする契約と解すべきである。なお、第一次確認書を労働協約と解した場合、原告らは昭和五八年一〇月ころ、生コン支部から分離独立したF労働組合G地区生コン支部に加盟し、生コン支部を脱退したので、原告らには第一次確認書の効力は及ばないことになった。

6(一)  同6(一)の事実は認める。

(二)  同6(二)の事実のうち、シェアに関する事項は認め、その余は否認する。

(三)  同6(三)の事実のうち、原告らが被告の犠牲となって失業したこと、被告は原告らの就職先を斡旋する義務があることは否認し、その余は認める。

(四)  同6(四)の事実のうち、生コン支部と被告間で団体交渉を行ったことは否認し、その余は認める。

三  抗弁

1(一)  生コン支部は昭和五八年四月一三日被告との間において、原告らの雇用保障については、被告の責任においてC産業に就職させるものとし、その賃金、労働条件については当該労使間で協議決定するものとする旨の確認書を取り交わした(以下「第二次確認書」という)。

(二)  第一及び第二次確認書(以下併せて「本件各確認書」ということがある)における被告の債務は、C産業に原告らの就職を斡旋すること、右就職斡旋まで被告は原告らに金員を贈与することの二点となった。

2(一)  被告はC産業に、原告らの採用試験を依頼し、C産業は同年五月二一日と同年六月八日の二回原告らの採用試験を実施したが、同人らを不採用とした。

(二)  右のとおり、被告は本件各確認書に基づく就職斡旋債務を尽くした。

3  本件各確認書における被告の債務が、原告らをC産業に現実に就職させることであるとしても、以下のとおり、原告らはC産業に就職する意思がなく、そのためC産業は原告らの採用を拒否したので、被告は原告らに対し、条件成就とみなす旨の意思表示をした。したがって民法一三〇条に基づき、被告の原告らに対する金銭贈与債務は消滅した。

(一)C産業は同和問題について熱心な企業であるところ、昭和五八年五月二一日の採用試験において、原告らが、同和問題を正しく理解し、同和問題に独断と偏見を抱いていないかを問う問題を提出した。しかるに原告らには同和問題の正しい認識及び理解が欠けていたため、C産業は同人らを不採用とした。

(二) 被告は、C産業に再度の採用試験を依頼するとともに、生コン支部に対し、原告らがC産業に就職を望む以上同和問題の正しい認識と理解が不可欠であるから、この点原告らに十分に説明し、原告らは右正しい認識と理解をもったうえで採用試験に臨むよう申し入れた。

(三) C産業は同年六月八日、再度の採用試験を実施し、同和問題について出題したが、原告らは、前回同様に同和問題の正しい認識及び理解に欠け、そのためC産業は原告らに就職の意思なきものと判断して不採用とした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は認め、(二)は否認する。第二次確認書は、原告らの就職先の第一候補としてC産業を選定したものにすぎず、就職先を同社に限定する趣旨ではない。

2  同2(一)の事実は認め、(二)は争う。

3  同3冒頭部分は否認又は争う。

(一) 同3(一)の事実のうち、C産業は同和問題について熱心な企業であること、昭和五八年五月二一日の採用試験において同和問題に関する問題が出されたこと、C産業は原告らを不採用としたことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同3(二)の事実のうち、被告はC産業に再度の採用試験を依頼したことは認めるが、その余は否認する。被告は生コン支部に対し、採用試験において原告らに一問でも二問でも答えてもらいたいと述べたにすぎない。

(三) 同3(三)の事実のうち、C産業は同年六月八日、再度の採用試験を実施し、同和問題について出題したこと、原告らは不採用となったことは認めるが、その余は否認する。

五  再抗弁

1  被告の債務が就職斡旋にとどまるとしても、右斡旋先は、労働条件がB社と同等又はそれに準ずる企業に限定されていた。

2  C産業は原告らに対し、労働条件としてミキサー車の運転のみならず、B社では従事していなかった同和問題に関する活動、社会党の選挙活動への応援に従事するよう提示した。

3  したがって、C産業の労働条件はB社と同等又はそれに準ずるものとはいえず、C産業を斡旋しても被告は斡旋債務を尽くしたことにはならない。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  当事者など

1  原告らは、生コンクリート製造販売等を業とするB社に雇用され、生コンミキサー車の運転に従事し、昭和五七年三月から五月にかけて生コン支部に加盟したこと、被告は、同五二年三月三日中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合で、大阪市内の生コン製造業者により構成され、大阪市内を販売区域とし、生コンの共同販売を主たる目的としていること、B社は被告の員外利用者(準会員)であること、被告は、構成員の生コン業者の共存共栄を図るため、被告の販売区域の生コン需要はすべて被告が注文を受け、それを予め決められたシェアに従い加盟各社に割り当て、加盟各社は右シェアの範囲内でのみ生コンを販売することができ、その代金は被告が集金して加盟各社に分配するという、共同受注、共同販売、共同集金の完全共販体制をとっていること、生コン製造能力も右シェアに応じて制限され、被告の同意なくして拡大することはできないこと、加盟各社が廃業するときは、シェアを被告に返上し、被告がそれを他に割り当てること、被告を除外して、加盟各社間の直接取引によりシェアを変更することはできないことは、当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、昭和五七年当時被告の正会員は一七社、員外利用者は四社で、正会員は理事と実務担当者各一名を被告に派遣し、員外利用者は理事を派遣していなかったが、四社で一名の実務担当者を派遣していたこと、シェアは加盟各社のプラント規模、従業員数、ミキサー車の保有台数、加盟前の実績等により決められていたことが認められる。

二  本件各確認書取り交わしの経緯

1  被告は、C産業から加盟申込を受け、それを認めるためには同社にシェアを割り当てる必要があったため、シェア調整の方法として加盟各社からプラント廃業希望者を募ったところ、B社がこれに応募し、昭和五七年一〇月二八日工場を閉鎖して事業を廃止し、従業員全員を解雇したこと、B社から、原告鈴木六郎は同月三〇日以降就労を拒否されて実質上解雇され、その余の原告らは同年一一月一〇日解雇されたこと、原告らは、同社を相手方とし大阪地方裁判所に解雇無効を理由として、従業員たる地位確認の仮処分申請を行い、他方生コン支部は、B社及び被告に対し、企業閉鎖及び従業員の解雇を撤回するよう要求したこと、生コン支部と被告間において昭和五七年一二月一三日、被告が原告らの雇用保障を行うこと、被告が原告らに一定の金銭を贈与する旨の確認書を取り交わしたこと、右取り交わし後、原告らは右仮処分申請を取り下げたことは、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  C産業は生コンクリート工場を新設し、昭和五七年七、八月ころ被告に対し加盟を申し入れた。被告は理事会で協議し、加盟を承認することはシェアの減少をもたらすため消極的な意見もあったが、中小企業等協同組合法上加盟を拒否することはできず、行政当局からの指導もあったため、C産業の加盟を認めることとし、いわゆるスクラップアンドビルド方式(既存の設備を廃棄し、同規模の新しい生産設備を別に設ける方式、以下「S・B方式」という)により、被告の加盟各社から廃業者を募って、そのシェアをC産業に割り当てることとした。B社は同年一〇月二七日右募集に応じ同日被告との間で、B社は廃業し所有する生コンクリート製造プラントを撤去すること、被告はB社に廃業費用を支払うこと、B社の廃業により離職した原告ら外五名の従業員については、被告の責任において雇用保障することなどの内容の覚書を取り交わした。その後被告はB社に約四〇〇〇万円の廃業費用を支払った。C産業は同年一一月ころ員外利用者として被告に加盟した。

(二)  B社が原告らを解雇した後、原告ら及び生コン支部は、B社に対し団体交渉を申し入れ、被告に対し抗議や交渉を申し入れた。原告らの言い分は、被告がC産業を加盟させるため廃業企業を募ったことにより、B社が閉鎖し原告ら従業員は解雇されたのであり、B社のシェアにつき他の加盟企業が代わって出荷し利益を得ることから、被告が解雇従業員の雇用先を確保すべきであるということであった。

(三)  当時、生コンクリート業界において適正な生産量に縮小するため構造改善事業が進行中であり、過剰なプラント工場が閉鎖されていたところ、生コン支部はC産業のプラント工場の新設は、構造改善事業の基本精神に反するとともに、B社の従業員が失業するとして、当初B社の廃業及びC産業の被告加盟に反対したが、その後被告に対し、B社の廃業と原告らの解雇を認めるかわりに、原告らの就職を保障するとともに、就職までの間B社から得ていた賃金相当額を支払えと要求した。

(四)  生コン支部は被告と交渉を重ねた結果、同年一二月一三日被告との間で、「〈1〉協同組合はB社の労働者である原告ら外三名の雇用保障を行う。〈2〉年末一時金の差額については、一二月一七日に支払う。〈3〉一一月分賃金差額ならびに工組連合会通達による一〇月、一一月の最低保障については、一二月二一日に支払う。ただし、一○月、一一月の最低保障については、地位保全仮処分決定によりB社より支払われた場合は返還する。なお九月分については解決後に精算する。〈4〉一二月よりの賃金は、三〇万円プラス交通費、社会保険負担分(七割)を加算した額を毎月二八日に支払う。〈5〉ダンプ一台は協同組合が買い上げる。額については別途協議する。〈6〉その他については、協組・労組において継続して協議を行う。」との内容の第一次確認書を取り交わした。生コン支部は、被告は、原告らを同業他社へ就職させる責任があり、就職させるまでの間B社から得ていた賃金相当額を原告らに支給すべきであるとして、その意味で雇用保障という言葉を用いるよう求め、被告はそのことを了解して右確認書が取り交わされた。被告は、S・B方式からして原告らの就職先はC産業が適切であると考えていたが、生コン支部がC産業の被告加盟に反対しており、原告らの雇用につきC産業の了解を得ていなかったこともあり、右取り交わし当時、具体的な就職先については話合われなかった。

(五)  C産業は昭和五八年一月二〇日ころ生コン工場の操業を開始し、同月末ころから被告の受注してきた生コンの販売を開始した。被告はC産業に対し、S・B方式であるから原告らB社の従業員を雇用するよう交渉を継続していたところ、C産業は同年三月末ころ原告らの採用試験を行うことを了承した。生コン支部もC産業の被告加盟を認め、原告らの就職先はC産業とすべきだと主張した。

(六)  生コン支部と被告は同年四月一三日、「〈1〉B社の廃業に際し、当該社が事前協議を行わなかったことについての確認を怠ったこと、および当協組が労組との間で事前に充分な協議を行わなかったこと、ならびにC産業の員外利用に絡む諸問題で業界に混乱が生じたことについて陳謝する。〈2〉C産業のミキサー能力一七五〇リットルとB社のミキサー能力五〇〇リットルとの差、すなわち過剰能力一二五〇リットルについては、昭和五八年八月末日までに当協組全体の責任において解決する。なお、この措置の受け皿となる会社のシェアは、このことをもって変動させない。〈3〉B社に在籍した九名の雇用保障は、当協組全体の責任において、C産業に就職させるものとし、その賃金、労働条件については当該労使間で協議決定するものとする。〈4〉退職等に関する諸問題については、委員会を設け、別途協議決定するものとする。」との内容の第二次確認書を取り交わした。生コン支部は右取り交わし当時、原告らはC産業に就職できるものと考えており、被告も同様の考えを持ち、被告と生コン支部間ではC産業が採用しなかった場合の措置や、入社には同和問題の理解が必要であるとの話は何らされなかった。

三  本件各確認書における被告の債務

1  第一次確認書は、被告がB社の廃業に伴い失業する原告らの就職先の確保に責任を持ち、原告らに失業による不利益を生ぜしめないとの趣旨で作成されたものであることは前認定のとおりであり、同確認書一項に「被告は雇用保障を行う」と、第二次確認書三項に「被告全体の責任において、C産業に就職させるものとし」と各記載されておりその文言からしても、本件各確認書は、被告が、単に原告らに就職先を斡旋することをもって足りるのではなく、原告らと就職先との間で雇用契約を成立させる債務を負うとの趣旨で取り交わされたものであるが、雇用契約を締結するのは原告らと就職先であって、両者のささいな条件の不一致や原告らの恣意などの事情から、雇用契約が成立しないことも予想され、このような場合にも被告は就職させる債務を尽くしていないとするのは不合理であるから、本件各確認書における被告の債務は、被告において、B社と大差のない労働条件のもとで原告らが承諾さえすれば雇用契約が成立するような生コン製造業者を斡旋することであり(以下右内容の被告の債務を「本件就職斡旋債務」という)、本件就職斡旋債務を尽くすまでの間、被告は原告らに対し、原告らがB社から得ていた賃金相当額(一時金について後述のとおり)を支給する義務を負う。前認定のとおり被告は昭和五七年当時大阪市内の二一社の生コン製造業者で構成され、各社から派遣された理事や実務担当者によって運営されていること、〈証拠〉によれば、加盟各社の労働条件は工場の大小によって差はあるものの大差とはいえないこと、B社は小規模の企業であり他の大規模の企業と比べて労働条件は劣っていたことが認められ、これらの事実からすれば、被告としては原告らをB社と大差のない労働条件で加盟各社に就職させることは十分可能であり、被告に本件就職斡旋債務を負わせても不合理であるとはいえない。そして、第二次確認書三項(原告らの再就職先をC産業に特定した条項)は、被告が原告らに対し就職斡旋する先を具体的に明示しているが、前記本件各確認書の趣旨からして、C産業とB社が労働条件を大きく異にし、被告が本件就職斡旋債務を果たしたと認められない場合には、被告は依然として、他の就職先への斡旋債務を負うと解するのが相当であり、就職斡旋先をC産業に限定したものとは解されない。

2  本件各確認書の法的性格について検討する。原告らは労働協約であると主張する。労働協約の当事者となりうるのは、労働組合と使用者又はその団体であるところ、前述のように原告らはB社に雇用されていた者であり、被告は原告らの使用者には該当しない。労働協約の当事者となる使用者の団体とは、構成員たる使用者のために労働組合と統一的な団体交渉を行って労働協約を締結することが、規約や慣行により予定されている団体をいうが、被告がそのような団体であることを認めるに足りる証拠はないし、使用者の団体が当事者となり、労働条件や労働者の待遇について定めた労働協約は、各使用者とその雇用する労働者を規律するところ、本件各確認書は被告の構成員たる加盟各社とその雇用する労働者間を規律するものではなく、原告らと被告間に直接的な権利義務関係を発生させるものであることからしても、労働協約と認めることはできない。原告らは右各確認書は生コン支部が原告らの代理人として締結したものであるとも主張するが、前記認定のとおり、生コン支部は原告らの代理人としてではなく、当事者本人として締結したものであり、その中には、生コン支部自体に関する事項も含まれているから、右原告らの主張を認めることはできない。そうすると、本件各確認書中原告らに関する部分は、生コン支部を要約者、被告を諾約者、原告らを受益者とする第三者のためにする契約であると解するのが相当であり、〈証拠〉によると、原告らは昭和五七年一二月中には被告に対し契約の利益を享受する意思を表示したものと認められる。

四  被告が本件就職斡旋債務を尽くしたか否か検討する。

1  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  C産業社長の田中八郎は被差別部落出身であり、同社及び同人が経営するE産業株式会社の従業員に対し、同和問題について十分な認識と理解を持つことを要求し、従業員の大多数は部落解放運動に積極的に取り組んでおり、会社内では定期的に同和問題や人権問題の学習会が開催されている。

(二)  C産業は正当な手続きにより被告に加盟したものであり、B社の廃業や原告らの失業について何ら法的責任はないと考えており、生コン支部はC産業が被告に加盟することに反対してきたこと、当時生コン支部は共産党の指導下にあったが、共産党は田中の実践する社会党系の部落解放運動に激しい批判を加えていたことからして、当初C産業は原告らを採用することをためらった。しかしながら、C産業は、被告の熱心な要請を受け、失業している原告らを気の毒に思い、同人らが特定政党に偏頗することなく、部落解放運動を十分認識及び理解し、しかも賃金等の労働条件が合致するのであれば面談の上採用することとし、被告に対し、同人らの採用面接を行うと連絡した。C産業は、原告らを採用するか否かは自由であると考えていた。被告は原告らのB社における賃金等の労働条件をC産業に伝えた。

(三)  原告らは昭和五八年五月二一日、C産業へ就職面接を受けに行った。同人らは、本件各確認書の趣旨からして、B社と同様の労働条件でC産業にすんなり就職できると思っていた。面接の際、田中は原告らに対し、C産業に入社したいのなら同和問題を正しく認識、理解すること、特定政党に偏らないことが必要不可欠である等述べ、同和問題に関し約二時間にわたって説明し、その後個別面接を行って同和問題に関する各種の質問をしたが、原告らは殆ど答えられなかった。C産業は、原告らが同和問題を正しく認識、理解しようとする姿勢に欠けるとして同人らを不採用とした。

(四)  原告らは右面接後、C産業は当初から同人らを雇う意思はないものと考え、生コン支部の役員と共に、被告に対し抗議行動を行った。被告はC産業に対し再度原告らの採用試験を実施するよう依頼し、C産業はこれを了承した。被告は生コン支部に対し、同和問題について認識と理解を深めたうえで再度の採用面接に臨むよう原告らに伝えてほしいと依頼したが、生コン支部は本件各確認書の趣旨からして原告らは当然C産業に採用されるべきだとの考えから、同人らには伝達しなかった。

(五)  原告らは同年六月八日C産業に再度の就職面接を受けに行った。C産業は筆記試験を実施し、同和問題や人権に関する事項について説明せよとの問題が五〇問出題された。原告らは、当然採用されるものと思い、同和問題に関する出題がなされると思っていなかったため、答案用紙に自分の名前のみ書き、解答が分からないため数分後白紙で提出した。C産業は、前回同様原告らには同和問題を正しく認識、理解しようとする姿勢がないとして不採用とした。

2  右認定のとおり、C産業は原告らを採用するか否かは全く自由であるとの見地から採用試験を行い、原告らに対し部落解放運動について田中の支持する立場に立った認識と理解を要求し、原告らは同和問題を正しく認識、理解しようとする姿勢に欠けるとして、同人らを不採用としたものであって、C産業は前述のとおり、原告らが承諾さえすればB社と大差のない労働条件で原告らを雇用する企業ではないから、被告が本件就職斡旋債務を履行したとはいえないし、原告らがC産業に就職する意思がないために、同社との間の雇用契約が成立しなかったものでもない。したがって、被告は本件就職斡旋債務を履行するまで原告らに対し、賃金相当額を支給する義務を有する。

五  〈証拠〉によれば、第一次確認書に基づき被告が原告らに対し毎月二八日に支払うべき賃金相当額は各別紙認容内訳一覧のとおりであることが認められる。右各金員の弁済期は毎月二八日であり、遅延損害金の起算日は毎月二九日であるから、遅延損害金は同内訳一覧記載のとおりである。被告は商人ではないし、右賃金相当額の債務は商行為によって生じた債務であるとはいえないから、遅延損害金の利率は民法所定の年五分である。

原告らは、昭和五八年夏季、冬季、同五九年夏季の各一時金も請求しているところ、第一次確認書一項は「原告らの雇用保障を行う」と規定し、同規定に基づき被告が原告らに支給すべき金員の額及び支払日については、二項以下において具体化されているところ、一時金については昭和五七年年末の一時金の差額に関する支払い条項はあるものの、それ以外の一時金に関する条項はないことからして、被告が昭和五八年以降の一時金の支払い義務を負うと認めることはできないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

六  よって、原告らの請求は、昭和五八年六月以降被告が本件就職斡旋債務を尽くすまでの間、毎月二八日限り各別紙認容内訳一覧記載の各賃金相当額、並びに同内訳一覧記載の同月以降昭和五九年三月分までの右各金員に対する弁済期日の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 土屋哲夫 裁判官 大竹昭彦)

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